
この記事の目的
今年は近年では珍しく梅雨らしい梅雨を迎え、エルニーニョ現象もあり涼しい夏が久々に来るかもという私の予想(希望ともいう)に反して、梅雨明けから猛暑になり今年も暑い夏を迎えそうな感がある。夏になると盛んに行われるのが野外音楽ライブだろう。私自身は音楽に明るくないので、どこで誰がどういうライブをするのかというのは良くわからない。そんな私でも去年の7月末にとあるミュージシャンのライブが騒音で話題になったのを耳にすることがあった。このときに主に重低音に言及している人が多かったのと、物理的に考えると重低音の方が遠くに届くという記事 をみかけたのをふと思い出したので、それを数式を用いて少し物理学的に考えたい。
最後の章に行く途中でかなり数式が出てくるので、難しい数式を見たくない人は「音の減衰のグラフ」の部分だけを見てもらえればと思う。
粘性( 古典力学 ) による減衰
この章ではまず、音波が空気の粘性によってどのように弱まるかを見る。この部分だけを考えると、減衰はおおよそ周波数の二乗に比例するため、高い音ほど空気中で失われやすい。
物理として考えるにあたって、音というのは気体の微小振動であるので、まずは気体や液体(合わせて流体と言う)を記述するNavier-Stokes方程式 [1] から減衰のある場合に音波を記述する波動方程式はどんな形になるのかを考える。
これが Navier-Stokes方程式である。 は流体の速度、
は密度、
は圧力を表している。
また、流体は次の連続の式を満たす。
音は、速度が0で静止している流体に微小な動きが加わったときを考える。静止した状態では速度は , 密度は
, 圧力は
である。この静止した状態からの摂動を考える。すると速度は
, 密度は
, 圧力は
であり、
,
,
を満たすとする。
Navier-Stokes方程式と連続の式に,
,
を代入して、微小量の一次までとって線形化すると以下のようになる。
ここで、波動方程式を導出するために の時間に関する二階微分を考えると、
ここで、状態方程式 を用いると、最終的に次の波動方程式を得る。
ここで、 とした。この
が音波の速度になる。この微分方程式において粘性係数が0であれば、右辺が0になり一般的な波動方程式と一致する。ここで、密度
が振動すると仮定して (
)、微分方程式に代入することで、次のような波数と角周波数の間の分散関係を得る。
これを平方完成して について解くと、
となり、さらに弱粘性極限を考えると、
となる。
以下では音波の形として球形波を考える。これは、点音源から音波が均等に放出されているという単純化をしている。(そのため指向性がある場合は必ずしも以下の議論は成立しない場合もある。)
弱粘性極限では、微分方程式の解の形はほぼ変わらないと考えて良いので、
が粘性による音波の減衰を表す。ここで、時間は音の進む距離を音速で割ったものなので
となることを使うと減衰は次のように書ける。
ここでは となることを用いた。
以上では計算を簡略化するため粘性のみを考慮したが、実際には熱伝導によるエネルギー損失も同程度に寄与する。熱伝導のエネルギー損失は、上記の Navier-Stokes 方程式と連続の式に加えてエネルギー輸送方程式を考えてこれら3つの式を連立させることで導くことができる。これらを合わせた古典的減衰係数は、実効的な粘性係数を用いて
とあらわすことができる[2]。ここで、最後の式変形では を用いた。
この式の前半は流体の粘性による寄与であり、式の後半が熱伝導の効果である。また、 ,
,
,
はそれぞれ熱伝導率, 定積比熱, 定圧比熱, 比熱比である。これらは古典力学によって導かれるもので、粒子同士が弾性衝突してエネルギーが分散されている過程によるものである。
ここで、 の大きさがどのくらいか具体的に数値を見ておく。300K での空気の粘性係数
は
であり [3]、空気の体積粘性係数
は以下の式で代表値として
とする [4]。
この組み合わせで は
程度の大きさになる。空気の密度は
程度とする [5]。音速は
とし、比熱比
、定圧比熱は
を代表値として選び、熱伝導係数は
を代表値とする。これらの値を
の式に代入して計算すると、周波数
に対して
となる。
内部振動による緩和
ここまでは古典的な流体力学を使った音波の減衰を見てきた。この減衰は微視的には空気の分子同士が弾性衝突していくことで、エネルギーが分散していく効果に由来している。
分子の内部にバネのような振動の自由度があると話が少し複雑になる。音波では空気が周期的に圧縮・膨張し、それに伴って温度も周期的に変化する。しかし、分子内部の振動エネルギーが温度変化に瞬時に追随できないと、エネルギーの出し入れに遅れが生じる。この遅れが、音波のエネルギーを分子内部自由度へ逃がすため、追加の吸収として現れる。
ここでは、分子は二原子が角振動数が のバネで結合している模型を考える。したがって、この振動は量子化されていて、分子同士の衝突によって振動エネルギーが変化する効果について考える。この調和振動子は外部の熱浴と
というハミルトニアンで結合しているとする。ここで、
はバネの変位の演算子、
は熱浴の演算子である。
このとき、系が 準位にある確率を
とすると、その遷移を表すマスター方程式は次のように書くことができる [6]。
ここで、 は
番目の準位から
番目の準位への遷移を表す係数で、フェルミの黄金律から
に比例し、生成消滅演算子を用いると
より
,
を得る。
さらに、平衡系を考えると 番目の準位から
番目の準位への遷移と
番目の準位から
番目の準位への遷移とが等しくなるとする。つまり
が平衡系で成り立つ(詳細釣り合い条件という)と仮定する。ここで、
を平衡系での確率とするとこれはボルツマン分布なので
となる。これを使うと次を得る。
このとき、基底状態エネルギーの基準位置を取り直してエネルギーの期待値は
となり、このエネルギーを時間について微分しマスター方程式を用いると最終的に次を得る。
つまりバネのエネルギーは熱浴との相互作用によって逆温度 での振動エネルギーへと緩和していく。
音波では温度が となるので (
) 、
を
の一次の項まで展開し、
を
からのずれで書くと
となり、これをエネルギーの時間発展の式に代入して整理すると次のようになる。
ここで、 は振動の比熱である。よって、実効的な振動の比熱は複素数になることが分かる。これに、分子の並進と回転の比熱
を加えたものが全体の比熱となる。
音は断熱的な振動なので熱力学第一法則から、 が成り立つ。
ここで、理想気体の状態方程式 において平衡状態
とそこからの摂動
を考えると次のように線形化できる。
熱力学第一法則より断熱過程において が成り立つので、これを代入して整理すると
理想気体における音速は で与えられるので、この式から音速は
であることが分かる。ここで、
であることを用いると、
の逆数は
となり、これを用いて音速を書き直すと次のようになる。
ただし、,
はそれぞれ
,
での音速で、 m は無次元定数で次のように定義される
より
である。波数は
で計算されるので
よって緩和による減衰項は となる。
空気の分子は と
であると近似すると、緩和の効果は
と
とのそれぞれの緩和による減衰の和になる。
角周波数を使っているが、 から周波数
を使い
と置いて書き直すと
という形になる。これは、 の低周波数極限では古典減衰のように
となり、
の高周波数側では
もしくは
となることがわかる。したがって、緩和吸収は低周波側では
に比例して増加し、緩和周波数を越えると単一緩和モードとしては飽和する。一方で、古典減衰は
に比例して増え続けるため、全体としては高周波ほど空気吸収を受けやすい傾向になる。
最終的には と近似でき、その表式は次のように与えられることが知られている[7]。
ここで は水蒸気のモル濃度を表しており、相対湿度
( % )と飽和水蒸気圧
に対して
で与えられ、
,
となっている。また、
は気体の圧力である。
この式では の前半は
を表しており、後半は酸素と窒素の緩和による減衰を表している。ここで先ほどの式と違うのは熱伝導や粘性係数などは気体の圧力や温度の関数であることを反映している。さきほど、300K で
と計算したが、
とオーダーが同じで近い値になっている。
また、緩和による減衰の温度依存性の形はLandau-Teller 理論などを使って与えられる。
人間の聴覚特性
音の強度を表す指標としてデシベルというものがある。音圧レベルは、音圧の実効値を基準音圧と比較して対数表示した量で、音波の圧力を用いた定義は である。ここで、
は基準となる音波の圧力である。空気中の音圧レベルでは、基準音圧として
が用いられる。これは 1 kHz 付近の最小可聴閾に近い値(つまり人が聞こえる最小値)である。
では実際にどのようになるかを見ていきたい。まず、 で減衰する球面波の圧力は次のようになる。
ここで、 は音圧の振幅である。デシベルの定義に、この
で減衰する球面波の音波の圧力の式を入れると
となる。この式の第二項の は球面波の形状に由来する幾何学的な減衰をあらわしている。
は空気の粘性・熱伝導・緩和吸収による減衰を表している。
ちなみに文献によっては自然対数 ln による音圧レベル Np と による音圧レベル dB の変換の関係で
に最初から
をかけているものもある。例えば上記の
は
のように修正されることになる。
さて、騒音問題としてとらえる場合には、人間の生物学的な特性が必要になる。人間の聴覚は周波数によって感度の差があり、これをグラフとして表したものを等ラウドネス曲線という。そして、この等ラウドネス曲線において人間の耳の感度は数kHz にピークがあり、重低音および10kHz以上の高音側では聴覚の感度が低いことがわかる。そのため、高周波数と低周波数で同じ音圧レベル(デシベル)でも聞こえやすさが違うのでそこを考慮する必要がある。
等ラウドネス曲線の、とくに低い音圧レベルで聞こえにくくなるという人間の聴覚の周波数依存性を反映するために周波数重み付けして表したものをA特性音圧レベルという。
そして周波数重み付けをほぼ行わないものは Z特性といい、A特性より低周波をあまり減点しないが完全なフラットではないものを C特性という。
その補正項は次で与えられる[8, 9]。ここで は振動数である。
この項を補正として入れたものをdBA と書いたりする。この をプロットした図は次のようになっている。
この曲線をみると、1 kHz 付近ではほぼ 0 dB に正規化され、2〜5 kHz 付近でわずかに正の補正を持ち、低音側では著しく下がることが分かる。
なお、A特性はあくまで人間の聴覚感度を反映した重み付けであり、低周波音の物理的なエネルギーそのものが減るわけではない。低周波音は人の耳には聞こえにくくても、建物の窓や壁を振動させたり、体感的な圧迫感として問題になることがあるため、A特性で「小さく評価される」ことと「実際に届いていない」ことは同義ではない点を先に断っておきたい。
音の減衰のグラフ
さて、もともとはライブの音の減衰の話だったので、そちらに話を戻したい。ライブの音量は100 dB 程度らしい。上記の式でいうと、 である。この減衰の式がどう影響するのかを見ていきたい。基準となる距離が 1m でこの時の音圧レベルが 100dB とすると、上記の計算(古典減衰・分子緩和)をすべて合算すると、以下のグラフのような距離減衰になる。ただし、これは「1mの地点ですべての周波数が同じ100dBで出ている」という単純化をしたものであり、実際の音響システムでも周波数ごとの出力特性は一様とは限らない。したがって以下の議論は「空気中の伝搬による減衰の違い」だけを純粋に取り出したものであり、実際の音源特性を反映したものではない点に注意されたい。
この図は各周波数における横軸は対数距離、縦軸はデシベルとしたときのグラフである。ただし、 基準となる温度と圧力はそれぞれ ( 20℃ ) ,
(大気圧) とし、考える温度は夏なので
(35℃ ) で圧力は大気圧
で、相対湿度
は 75% であるとした。
さきほどの分類でいうと、全く補正をしていない Z 特性音圧のグラフである。音楽ライブは 100dB らしいので 1m という基準地点では100dB になっていて、囁き声程度になるのが 20dB らしいのでそこを下限にしている。ただし、実際に聞こえるかどうかは周波数、背景騒音、個人差、測定条件によって変わる。
楽器や声の周波数のおおまかな目安として、サブベースは 30 ~ 60 Hz、ベース、バスドラム、男性声の低い成分は 100~500 Hz、人の声、ギター、ピアノの主成分は 500 Hz〜2 kHz、声の輪郭、アタック感、音の抜けは 2〜4 kHz、シンバル、トライアングル、小鳥の声、空気感は 4kHz ~ 20 kHz くらいのようなので [10]、そこから振動数をピックアップした。
この図から 15kHz では 200m 程度で 20dB になっていて、2kHz では 約1km で20dB になることが分かる。一方で、45Hz という低周波数の重低音では 10km にならないと20dB 程度に落ちないということが分かる。これは、古典減衰が周波数の二乗に比例し、緩和吸収も低周波側では二乗に近く増加するため、高周波ほど空気吸収を受けやすいからである。
では、聴覚についてA特性音圧レベルを使って補正するとどうなるのか?
それをプロットしたのが次の図である。
図の横軸は対数距離で、縦軸は音のA特性音圧 dB(A) である。この図から20 dB において一番距離が届くのが 300Hz の音で距離は 3km 程度であり、そこから 500 Hz の 約2.5 km、1000 Hz の 約 1.6 km と 1500Hz の約 1.4 km、2kHz と 100Hz の 約 1 km へと続いていく。A特性が入ると低音ほど影響を受け、45 Hz は音源近くで 100dB あっても、A特性では 68dB 程度に評価される、この単純なモデルでは 250 m 程度で 20 dB まで落ちることが分かる。
最初に話をしたライブで低音が話題になったように、20dB という囁き声程度であるなら300Hz という中低音が一番遠くまで届くという結果になった。これは楽器や声でいうと、ベース、バスドラム、男性声の低い成分にあたる。苦情で言われる「重低音」が、30〜60 Hz のサブベースだけでなく、100〜300 Hz 程度の低音・中低音を含んでいた可能性もある。
ただし、この図はあくまでも聴覚を通して認識できる音に関するものであり、実際の物理的な音の振動についてはZ特性のグラフのままであり、実際の物理的な音圧変動については、Z特性のグラフに示したように、低音側では空気吸収による追加減衰が小さいことに注意が必要である。
つまり、A特性では低周波が大きく割り引かれるが、Z特性で見た物理的な音圧変動そのものが消えるわけではない。低周波音では、振動が長距離まで届くことで、耳で明瞭に聞こえる音だけでなく、建物の共振や振動感として問題になることもある。
ちなみに、この結果はライブだけでなく他の現象にも応用できる。ハイキングや山登りでやまびこを試すとき、この図だけで厳密な限界距離は決められないが、数百 m 程度を越えると明瞭なやまびことして聞き取りにくくなる理由は理解できる。
それ以上離れると、ヤッホーという音が減衰して聞こえなくなってしまう。(もちろん、この距離は山の地形や植生などに影響を受けて実際は小さい場合もあるし、100dB 以上の大声を出せるなら少しは距離が伸ばせるかもしれない)
ここでは古典減衰・緩和による減衰・A特性音圧レベルを考慮したが、実際には風の向きと速度・周囲の建物とそれに伴う回折・音響機器の指向性等の性能やその配置など音の聞こえ方に影響を与えるような要素が複数存在することに注意してほしい。
まとめ
この記事では、音波の距離減衰を、古典的な粘性・熱伝導による減衰、酸素・窒素分子の緩和による減衰、人間の聴覚を近似的に反映するA特性音圧レベルの三つに分けて考えた。Z特性、つまり物理的な音圧レベルで見ると、低周波ほど空気吸収を受けにくく、遠方まで残りやすい。一方で、A特性を入れると、極端な低周波は人間の聴覚感度の低さによって大きく割り引かれる。その結果、今回の単純化した条件では、20 dB(A) 付近まで残る距離は 300 Hz 付近で最大になった。したがって、野外ライブで問題になる「重低音」は、単に低ければ低いほど聞こえるというより、物理的な減衰の少なさと人間の聴覚感度のバランスが合わさった結果だと考えられる。ただし、これは気体中の音波伝搬という側面だけを切り出した結果である点には注意したい。実際の苦情事例では、低域スピーカーの指向性が高域に比べて広い(会場外に音が回り込みやすい)ことや、低周波音が建物の壁や窓を振動させて伝わる固体伝搬・共振の効果も無視できないと考えられる。
参考文献
[1] 巽友正. 流体力学. 培風館
[2] L. D. Landau and E. M. Lifschitz, Fluid Mechanics 2nd ed.
[3] The Engineering Toolbox, https://www.engineeringtoolbox.com/air-absolute-kinematic-viscosity-d_601.html
[4] J. Shang, T. Wu, H. Wang, C. Yang, C. Ye, R. Hu, J. Tao, and X. He, IEEE Access, vol. 7, pp. 136439. ( https://www.researchgate.net/publication/335896009_Measurement_of_Temperature-Dependent_Bulk_Viscosities_of_Nitrogen_Oxygen_and_Air_From_Spontaneous_Rayleigh-Brillouin_Scattering )
[5] Science.Tools, 空気の物性値, https://cattech-lab.com/science-tools/properties-air/
[6] W. G. Vincenti and C. H. Kruger, Jr, Introduction to Physical Gas Dynamics, Krieger Pub Co.
[7] S. L. Garrett, Understanding Acoustics An Experimentalist's View of Sound and Vibration, Springer.
[8] A. N. Rimell, N. J. Mansfield and G. S. Paddan , Ind Health. 2015;53(1):21-7 ( https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC4331191 )
[9] F. Lai, Z. Huang and F. Guo, Materials 2021, 14, 4356. ( https://www.mdpi.com/1996-1944/14/16/4356 )
[10] soundzone, 何となく知っている「周波数」、きちんと説明できますか?, https://www.soundzone.jp/staffblog/10128/







